さほど遠くない昔、飲み屋のカウンターで偶然となりに居合わせた人に一目惚れしたことがあった。
世間話的な会話をいくつか交わして、互いの自己紹介めいたことをして、ぎこちないなりに愉しい時間を過ごした。
次の約束があるからと、その人は席を立った。
「ではまた」と軽く会釈して、のれんの向こうに消えていく白いシャツを見送った。見送りながら、なんていいオトコなんだ、なんて好みなんだ、と胸を熱くした。
以後、その飲み屋に通う頻度は飛躍的に上がり(そりゃそうだ)、行く時には万全のメイクと服装でのぞんだ。
しかし簡単に会えるわけがない。カウンターにその人の姿がないことが分かると、がっかりした。
それでもあきらめずに通い続けた。いつ彼と再会しても躊躇しないようにお洒落にだけは手を抜かなかった。
備えあれば憂いなし。このことわざを、あのときほど体現していた時はなかった。
その後、念願の再会を果たしたが、関係は発展しなかった。お互い大人過ぎたのか、幾つかのすれ違いを経て「知り合い程度の仲」に落ち着いた。
残念だったが、今では良い思い出になっている。なにせ飲み屋で人に惚れるなんて、初めての経験だったし、恋のさやあてをめいっぱい楽しんだ。
次にいつ会えるか分からない人のために一生懸命に着飾って、気持ちアゲアゲにして店に向かっていた私は、最高に女を極めていた。幸せだった。
思い出して小っ恥ずかしい気持ちにはなるが、後悔はしていない。
恋だけでなく、チャンスに賭けているときというのは、人をイキイキさせるものだ。
手に入れたいものに向かって、突き進む高揚感。
時おり、希望とやる気に満ちあふれていたあの頃の自分を思い出す。
いつも恋が日々の原動力だった。