美しいビジネスってなんだろう?

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House of Beautiful Business という世界的なコミュニティをご存知ですか?

「人が人らしく働くこと、美しいビジネスを展開すること」をテーマに掲げ、グローバルな対話の場を各地で開催するユニークな取り組みです。

先日、このコミュニティにおける日本で唯一の共催パートナーである京都のテクノロジー・スタートアップ、 mui Lab が開催するクローズドなイベントに参加してきました。

緊急事態があけて本格的に参加したリアルイベントであったことと、内容があまりに強烈で咀嚼するのに時間がかかりましたが、記録としてここに残しておきます。

イベントは10月30日土曜日の朝から始まった

午前中は、仏光寺の近くにある玄想庵での茶会から始まった。あいにく私は仕事で午後からの参加になったが、全国各地から集まった参加者が京都らしい出逢いの場を体験したようだ。

途中参加した私は、茶会の場から移動してきた参加者の高揚感を感じながら、夷川通りにある mui Lab のギャラリー兼オフィスに足を踏み入れた。

懐かしいリアルイベントの喧騒に少したじろぎつつ、木を多用した mui Lab のシンプルで温かい空間にほっとしながら靴を脱いでスリッパに履き替えた(この、靴を脱ぐのもリラックスできるんだよな)。すっかり見慣れた mui ボードが今日も優しい光の字を映し出して、私を迎えてくれる。

一期一会の時を過ごす「詩のワークショップ」

会場では昼からのプログラムを待つ間に「詩のワークショップ」が開かれ、私も2組目で参加。

テーブル中央に置かれた空っぽの封筒たちの表に好きな言葉を書くように言われる。それが詩のタイトルとなるらしい。続いて、他の人が書いた封筒を手に取り、そこに書かれた言葉=タイトルにちなんだ詩を手元の便箋に書いてください、とのこと。

私がもらった封筒には「時計じかけの地球」と書かれていた。え、いきなり詩を書くの?と戸惑いながらも、場の空気に押されてペンを手に取る。

時計じかけの地球。

タイトルを眺めるうち、息子の名前が「時(とき)」であること、今、地球は温暖化で待ったなしの状況であることが脳内をよぎり、森の中を歩く自分のビジュアルが浮かんだので、思い浮かぶままに言葉を書き連ねた(そういや私、昔は詩を書くのが好きで、詩の文学賞にも応募したことがあったっけな)。

同席した人たちの名も知らぬまま、突然、黙々と詩を綴り合う時間。誰一人として嫌がることもなく、躊躇しつつも創作の世界に入っていく。会場は賑やかなのに、詩を書く6人だけが岩穴に篭ったような静けさの中にいる。そんな不思議で心地の良い時間に浸っていた。

書き上がった詩は封筒の中に入れ、皆で交換して読み合った。それぞれが綴った言葉はとてもユニークで、新鮮で、温かくて、純粋に面白かった。

メッセージを映し出す媒体としての mui ボード

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mui ボード

そういや、mui Lab のプロダクトである「mui ボード」には、二十四節気の詩が届けられる仕組みがある。

詩は、自分と他者、自然、世界、宇宙をつなぐメッセージだ。デジタルが人と様々な事象をつなげる現代においては、mui ボードは詩を表現するうってつけの媒体だと思った(だから私はこの場で詩人にいざなわれて詩を書いたのかぁ)。

「音」を五感で聴くワークショップ

そうこうするうちに mui Lab の2Fで音楽イベントが始まった。

実験音楽、現代音楽で一つのジャンルを確立したといわれるジョン・ケージの楽曲を mui Lab の建物全館で演奏し、そのコンセプトや独特のワークについて演奏者の方々がトークするというユニークなワークショップだ。

ジョン・ケージは20世紀の音楽の潮流にものすごいインパクトを与えた作曲家で、京都賞を90年代に受賞していたそうだが全く知らなかった。

ja.wikipedia.org

今回、ジョン・ケージの音楽を日本に伝える活動を長らく繰り広げる演奏家の実演を目の当たりにして、おったまげた。

これは音楽なのか?

乾いた植物や鉄線など様々な物を介して、3人の奏者が黙々と音を生み出していく。即興ではなく楽譜のようなものがある。どちらかというと暗号が書かれたメモみたいだ。それとタイマー(!)を片手に緻密に、演奏は繰り広げられていく。一見、森の中でいい歳したおじさん達が拾ったもので遊んでいるかのようだ。

なんなんだ、これは?という思いに支配されていたのが序盤。徐々に様々な物から生まれる音のシャワーにのめり込んでいく自分がいた。

森の中で子どものように遊ぶおじさん達が、気づけば神の使者のように見えてきた。自然の神が派遣してきた使者が織りなす自然な音。それを感じる私たちは、五感に素直になればなるほど自由に自分の精神世界に入っていく。気づけば「音」が、この場にいる人たちの感性を解き放っていった。じっと目を閉じて瞑想するように過ごす人、床に座って暗闇を見据える人など、皆、思い思いに過ごしていた。

音の連なりに元々のルールなどなくても良い。作為的なルールを超えた本来のあるべき音を導き出す営みをジョン・ケージは愛した。

mui に込められた「無為」は、恣意的ではない在り方や営みを意味している。人のかたわらにさりげなく存在し、気づけば暮らしを豊かにするテクノロジーもまた、受け取る人が自由にその恩恵を享受する。

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音楽ワークショップ風景

「⾃然の営みも⼈間の社会も、結局はその偶然の出会いから成り⽴っているのであり、そこに作為や意図が介在しないとき最も美しい出来事となる。⾳楽も同じで、個⼈の⾃我や作為によらず、⾳をあるがままに出会わせること、それが⾳楽の⾃然であり、⾃然の⾳楽なのだ」

ジョン・ケージは、とある対談でこのように語っていたそうだ。

いかにプロダクトを作為的でないものとして世に送り出すか、mui Lab はスタートアップとして、果てしなくハードで本質的な問いに挑戦している。そして今回の音楽ワークショップで mui Lab で開催された意図に気付き、ジャンルや時代を超えたつながりの面白さを感じた。

「美しいビジネス」について語り合う

詩と音楽でかき乱された後、いよいよ楽しみにしていた「対話」の時間が始まった。テーマは、House of Beaautiful Business にちなんで「美しいビジネスを実践するにあたってのジレンマとブレイクスルー」。

あらかじめ割り振られた3人ひと組のグループでディスカッションをする。私のグループで印象に残ったのは、「人類に性差がなくなったとき、どのような世界になるのか」という話だった。これまでのビジネスはペルソナ設定のようにターゲットの種類を分けて売り先を定めていた。いま、多様性がどんどん広がる時代において、どんな社会になっていくのか、企業はどう多様性の社会に向き合っていくのか、そんなことを話すと時間が幾らあっても足りなく感じた。

グループディスカッション終了後、それぞれで話した内容を共有した。美しいビジネスに対する考え方は異なれど、現代の経済合理性を追求した量産型市場への違和感を感じ、より自然に、人が人らしく、未来に残せる地球の一員としてビジネスに従事したい、という思いは共通していたように感じた。

一日3組限定で占いを提供しているという、参加した占い士の想いと、カーム・テクノロジーの理念を掲げグローバルな成長を目指す mui Lab の姿勢は、やはりどこか共通していた。

山口周が『ビジネスの未来』(プレジデント社/2020)で引用したドイツの現代アーティスト、ボイスの「あらゆる人々はみずからの創造性によって社会の問題を解決し、幸福の形成に寄与するアーティストである」という言葉にも通じるものがある。

イベントはその後も夕食会まで続いたようだが、私は家族との時間があったので途中で帰宅した。しかしその後も頭の中に「美しいビジネスとはなんだろう」という問いがこびりつき、現在までずっとそのことが脳内に巣食っている。

『森のような経営』 とスタートアップとしての mui Lab

その後、ひょんなことで出会った本の内容が、私にヒントを与えてくれた。『森のような経営』(ワニ・プラス/2021)という本だ。

この本は、私の所属するコーチングの養成機関で長くプロコーチとしてリーダーを務め、現在は「森へ」という会社名で森を舞台にしたビジネスマンや個人向けのリトリートプログラムを提供する山田博さんと、山田さんが「森のような経営」をしていると評する経営者、山藤賢さんの対談本だ。

たまたま出会ったこの本には、今回の mui Lab での経験を深めるような内容が数多く記されていた。

「森のような経営」とは、現在主流の経済性最優先の経営ではなく、森のようにピラミッド構造もトップダウンの指示系統もない、調和を取りながら豊かに持続する経営であり、組織の文化風土は「気配」に表れる、というもの。また、ありのままであることが美しさにつながり、経営とはロジックと数字で社会を納得させた上で、経営者が「直感」「感性」「美しさ」で選び取り決めていくのが理想としている。

「感じることと、考えることのバランスを取りながら進んでいくことが重要」。そのありようを森と自然の営みに照らし合わせつつ展開している。

「気配」、という言葉が出てきたが、それは mui が提唱する「佇まい」にも通じているな、というふうに思った。

山田さんは現代人が一時的に森に身を置いて外界の情報を遮断し、自分以外を取り巻く自然と向き合うリトリートプログラムを提供している。

本の中で彼は、森に行かずとも森を体験する方法として、しばし自分に押し寄せる情報を遮断し、外界と接することのない無言の時間を作ることで都市にいながら森を感じることができる、と言っている。

それは、mui ボードにある「何でも取り込まない」コンセプトと似ている。mui ボードは、森を都市生活に持ち込む一つの手段でもあるのだな、なんてことも感じた。

ちなみに後で知った話で、山田さんは、mui Lab のスタッフのMさんと縁のある人だそうで、やはりここでも「つながっている」と実感した。

京都のスタートアップが挑む穏やかな革命

美しいビジネスと、一口で言っても空々しいものがある。実際、mui Lab のCEOである大木さんは、「血反吐を吐きながらビジネスをしている(苦笑)」とイベントで話していた。

あえてスタートアップという立ち位置を選んだ mui Lab が、自分たちらしいスタイルでプロダクトを作り、発信し、これまでにない価値を提供しながら現代の社会で緩やかに革命を起こしていこうとする姿は、まさに一つの美しいビジネスではないか、と思う。

House of Beautiful Business にちなんで開催された mui Lab でのイベントは、私に気づきや問いを与えてくれた。集まった多くのゲストも同様だっただろう。

mui Lab は決してはっきりとした答えを提示しない。

プラットフォーマーとして、あくまで一つの例としてシンプルな木で出来たデバイスを通し、作り手の言葉と、作り手の元に集う様々な人たちとの出会いと交流を通して、静かなムーブメントを起こそうとしている。

mui Lab がスタートアップであること、京都の企業であること、グローバルな活動を展開できる才能ある人たちで構成されていること、これらの要素の重なりは奇跡のようだ。

森のような京都のスタートアップ、mui Lab のこれからの成長を見守っていきたい。

 

1枚目と製品画像は mui Lab のサイトからお借りしました。