掛け算のキャリアで仕事をする

 9月1日から4日まで龍谷大学の秋庭太先生による集中講義「起業論B」のゲスト講師として、講義で取り組むアイデアソンのメンターを務めています。今日が3日目、いよいよ学生自身によるビジネスモデル構築作業に突入。ハードながらエキサイティングな時間になっています。

学生の集中講義で起業家ピッチを視聴し応援

その合間をぬって、ウェスティン都ホテルで開催されているスタートアップのイベント、ICCサミットのピッチコンテストに登壇する予定の起業家、株式会社abaの 宇井吉美さんに会ってきました。宇井さんは、千葉大時代に発案した介護現場における排泄物の匂いをデータにして介護スタッフに知らせるセンサー付きのマット「Helppad」で起業し、現在、シードA'で頑張っています。

9月1日、ホテルに宇井さんを表敬訪問したところ、私が講義する2日午前の時間帯に彼女が登壇し、Youtubeライブ配信されることが発覚。学生にとっては現役の起業家のプレゼンを見ることができる願ってもないチャンス!ということで秋庭先生に許可をいただいて、ピッチコンテストを学生と共に視聴したところ、ものすごく盛り上がり、起業家たちの気迫が講義に良い影響を与えてくれました。

↓ページ内にYoutubeの録画あり。宇井さんは3番目に登壇しています。

industry-co-creation.com宇井さんは2位になったということで、さすがなのですが、ご本人は悔しい思いをされている様子(そりゃそうか)。でもビジネスの勝負はまだまだこれから。ぜひ介護業界を変える革新的な製品である「Helppad」を多くの人に届けられるよう、引き続き頑張って欲しいです。

オンラインアイデアソンを乗り切る秘訣とは?

今回、オンラインアイデアソンを乗り切る秘訣を学生に伝えるにあたり、京都のアイデアソン・ハッカソンを引っ張る井上雅登さん(京都リサーチパークイノベーションデザイン部)、澤村 功夫さん(スタートアップウィークエンドオーガナイザー)、小川 清誠さん(企業マンでハッカソン、アイデアソンに多数参画)にお願いしてコメントをもらい、紹介したところ学生さんたちから好評でした。

コロナ渦で春からのKRPのイベントがほとんど中止に追い込まれながらもオンラインへと移行し始めている井上さんは、「不完全さを認め、受け入れて、行動する」と現状の思いを伝えてくれ、澤村さんは「アイデアソンの良さは、自分では気づけないフィードバックが得られる事」と共創の価値を伝え、小川さんは「バスケやサッカーのパスみたいな感じ」とアイデアソンの会話の進め方をアドバイスしてくれました。感謝!

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それにしても、私がアイデアソンのメンターを務めると、なぜか絶妙なタイミングで起業家が京都にやってくる、という現象が重なってビックリ。昨年は、KRPにふらっとやってきたシリアルアントレプレナーの江島健太郎さんが当日にいきなりゲストになってくれて盛り上がったし、偶然性の面白さを実感します。アイデアソン参加者に刺激と学びを提供したい、という主催者さんは、ぜひ近藤までお声がけください笑。

9月10日、11日には、京都リサーチパーク主催の企業と学生をつなぐ「Move on」でファシリテーションをさせていただきます。そこには、関西の起業家として「新たな屋台スタイル」をキーワードとする革新的な活動で注目を集めている 中谷 タスク さんにゲストとして来ていただくことになっています。こちらも楽しみ。

また、12日には グローカル人材開発センター 主催の高校生向けプログラムにお邪魔します。高校生の皆さんに、社会で活躍する起業家たちのリアルを伝えつつ、多様な生き方、働き方の楽しさをお伝えできたらいいな、と思います。 

掛け算のキャリア

はてな創業メンバーといえど、私自身は起業家そのものではありません。ひょっとすると「起業家でもないのに、はてなという名前を利用してスタートアップ界隈にいるけど、本物じゃない」と思っている人もいるかもしれません。

けれど、様々なイベントから声がかかるのは、大学の先生にしろ、リサーチパークにしろ、NPOにしろ、場づくりの主催者の企画意図にできるだけ応える働きをするからだと自己分析しています。そこには自分の多様な仕事経験があるからで、20代の頃に司会とライティングのプロだったことと、はてなでゼロから事業を作り上げるメンバーとして創業者と24時間共に働いたこと、京都大学の研究センターの広報としてアカデミックな世界に触れていたことが大きかったです。(あ、他にももっと若い時は、OLとかホテルのコンパニオンとかバーのお姉さんとかもやっていました。それも大きいかな笑)

とりわけ、はてなの成長過程で色んな現場の無茶振りに応えて動いてきたこと、数々の起業家を見てきたこと、はてながIPOを果たすまでのプロセスを間近で見続けていたこと、さらに今も自分が次なる事業に挑戦していることなど複合的な要素が、自分らしいキャリアにつながっていると思います。どれも単体だったら弱いけど、掛け算によって、色んな引き出しから現場で最適なものを出せるから、喜ばれているのでしょう。

ワークショップやアイデアソンなど、他者との共創によって価値を生み出すアクティブラーニング的な学びの場が急激に増えている昨今、場を盛り上げ、価値を提供し、参加者と主催者を満足させることのできるキャストが求められているのでは、と思います。「おもてなし」が出来て、なおかつビジネスのプレーヤーでもある人間は意外と希少なのかもしれません。であれば、求められるまま応えたいと考えています。

まとめると、若いうちはバラバラだったキャリアも、自分という一貫性のもとで動いていれば、いつかそれが独自のキャリアになる、ということです。若くからキラキラのキャリアでなくても、長く頑張っていれば、いいことがあるよ、ということ。それは色んな人に伝えていきたいと思っています。

人前でアイデアを言語化することの大切さ

最近、はてな創業の地である京都リサーチパークさんの創業支援やイノベーション創発に関わるお仕事をさせていただいています。そう、はてなは2001年に京都リサーチパークにある2x2mのブースで産声を上げたんですよね。今はそのブースはなくなって、BIZ NEXT(https://www.krp.co.jp/serviceoffice/)というコワーキングスペースになっています。

今日は、学生さんを対象にしたオンラインイベントにゲスト参加し、チームに分かれてサービスアイデアを考え、発表するプロセスを皆さんと体験しました。

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今回は、コロナの状況下で問題に感じたこと、良かったことについての体験談をそれぞれ出し合った上で、それらをもとに「発見」を一つ決めて、その発見が「課題=解決したいこと」であればソリューションになるサービスを、「価値=良いこと」であれば、その価値を社会に提供できるサービスを考える、というものでした。

いきなり「ハイ、何か新規サービス案を考えてね」というお題を出されてもなかなかビジネスアイデアにはつながりません。まずは体験談を共有し、「自分ごと」からサービスにつなげていく、というビジネスアイデア構築の基本をみんなで体験したわけです。

私が参加したチームは、学生さんが「コロナ状況下で家族と過ごす時間がとても楽しく良かった。親の作ったトマトが食卓に登場して盛り上がったり、母とパン作りを楽しんだり」ということで、「家族の暮らしをシェアするSNS、名付けて famistagram 」を作ろう!ということになりました。

もう一つのチームは、読書好きな学生さんの言葉をきっかけに「ウェブで自分の蔵書を公開し、興味を持ったユーザーにおすすめの本を紹介する"オンライン図書館"のサービスを作る」というアイデアになりました。こちらもオンラインを駆使して学んでいる学生さんならではのアイデアだと思いました。

日頃、感じていることを人前で言葉にする、そこからアイデアをサービスに発展させる。その流れを何度も体験していると起業への一歩が踏み出しやすいですし、起業にかかわらず、何かプロジェクトを立ち上げるハードルが低くなって良いですよね。

自分だけで頭の中で考えていても、形にするのはなかなか難しい。何か感じたことや、テーマが見つかったら、人前でアイデアを言語化することで、次の行動に移しやすいっていうのはあると思います。思ったことは言語化して、そこから何ができるか発展させていきたいですね。

 

新たな価値創造の仕事とお金を稼ぐための仕事と

雨、雨、雨の日々が続いている。夜明けに激しい雨音を聞くたびに、各地で被害にあった人たちのことを思い心が痛む。岐阜に移住した友だちも、いっとき建物の2階に自主避難したそうだ。さぞや不安な思いをしたことだろう。京都では、鴨川が下流の方で土手を歩くことが困難になるぐらい水かさが増えていた。

そんな中でも、いろんな人と出会ったり交流したり、毎日せわしなく過ごしている。忙しいという字は、心を亡くすと書くから忙しいんだ、ということが言われている。それを知った時から私は「忙しい」という言葉を人に言わないように自分に命じている。実際、やるべきことが増えてプレッシャーを感じる時は、「やりたくなければやらなくていい。自分の心と身体がやりたいと言っているならやればいい」と自分に言ってみる。そうやって自分を試すと、結果、やりたいからやる、ということだけが残る。だから心を亡くしてまで動く必要がなくなるので、しんどくない。楽しい。

しかしそうは言っても、やっぱりやるのが億劫なこともある。なんとなく後回しにしたいことや、どうせならやりたくないから人に任せたい作業もある。一方で、何時だろうが疲れていようがやりたくてたまらない、自ずと自分が動いている作業もある。

それって何の違いがあるのかな。

しばらく考えて結論として出たのは、自分の中で「新しい価値を創造している」と感じている時は、放っておいてもやりたくなる仕事であり、「お金を稼ぐためだ」と感じている時は、億劫になる、ということが判明した。

日々、小さな会社ながらも仲間と作った会社の役員として動いていると、やはり収益を意識して動かねばならない。その結果、営業が実って仕事につながり、案件を順当に進める、ということが大事な業務になる。

一方で、営業観点ではなく「いいことだから」関わっている活動もあって、その結果、仕事につながっている案件もある。その場合は自分の中で「これは新たな価値創造につながる仕事だ」と思って動いているので、最終的にお金につながるかどうかはあまり問題ではなかったりする。しかし意外と動いていればお金につながるのが面白いところで、特に会社経営者として相手と関わっていれば、やはり最終的にお仕事として発注してもらえたりする。こう言う、いつ実を結ぶかわからないけど、価値につながるという気持ちの元に活動してタネを巻いてものが最終的に果実になった時、ものすごい喜びを感じるのだ。

しかしながら、考えた。自分がお金のためだから億劫だ、と勝手にレッテルを貼っている仕事だって、社会に何かしらのインパクトを与え、それにより誰かがハッピーになっているのではないだろうか。反社会的な仕事ではないのだから、お金を払ってくれるお客さんがいる仕事である以上、その意味と価値を私の方がきちんととらえて取り組むべきなのだろう。

仕事のより好みはもちろんその人の個性や自分らしさに関連するので、やって当然なのだが、一方で、勝手なバイアスでみすみす仕事の価値を誤解しているケースもあるかもしれない。

こういうことは、常に心がけておきたいものだ。自分の感覚は、常に正しいわけではない。思い込みで色んな機会を損失したり、仕事相手や家族に対して残念な思いをさせることのないようにしたい。

関わっている仕事に対しても、その価値や意味づけをしっかりできれば、それは楽しい活動になるわけだから。同じ認知バイアスでも、ポジティブな方向に働くようにできれば良いな。もちろんそれが行きすぎると危険だし思考停止になるわけなので、常に自分に関わる事象を冷静にジャッジできるようになりたい。

覚え、忘れ、残ったものから創造が生まれる

たまたまこの記事を読んで、いま読み進めている本とリンクして膝を打った。

ジブリが「調べるよりも記憶」を大切にする理由 | 読書 | 東洋経済オンライン | 経済ニュースの新基準

ジブリのプロデューサー、鈴木敏夫さんは長年仕事を教えた弟子の小川さんに、その日、鈴木さんが話したことをすべて記録してメールするように指示したという。それは3年続いたそうだ。また、会議では話すよりも人の発言や様子を記録することに徹しろと言ったそうだ。発言しようとすると会議の中身や流れを把握できなくなるから、というのが意図だという。どれもなるほどの話。

鈴木さんによれば宮崎駿さんは、自分が気になったものをとにかく記憶したそうだ。建物を見たらその細部まで時間をかけて覚え、その記憶を元に絵を描いたとのこと。記憶からは必ず7割ぐらいが消えて、3割だけが残る。そこからオリジナリティが生まれる。だから良いものを徹底的に覚え、忘れ、残ったものから創造する、という話はとても腑に落ちた。

心理学の知見から様々な生きる知恵を教えてくれる本、Think clearly 最新の学術研究から導いた、よりよい人生を送るための思考法では、「過去は現在よりも美化される」ことが何度も繰り返し出てきた。夏休みを過ごしている現時点の夏休みに対する価値よりも、夏休みが終わったあとに振り返る方が夏休みの価値の方が高い、つまり人は過去の出来事を美化しがちだ、ということが書かれている。

本では「だから過去の出来事にとらわれて現在の自分の状態を憂うよりも現在を思い切り生きた方がいい」とアドバイスしているが、上のジブリの記事では記憶を創作的な仕事に活かしている。

色んな意義ある情報を手に入れたり、人と会話して印象に残ったことや、本を読んで学んだことなど、そのときに頭に入れたつもりで、実はたいして記憶に焼き付けずに流してしまっていた。必要なら後からメモを引っ張りだせばいいし、ネットで調べたら同じようなことは書かれているし、本もKindleに収まっている。そんな風に自分の脳以外の外部デバイスにある情報のストックと再現性に依存していたことに気付き、ハッとした。

価値を感じた知識、見て印象に残ったもの、出来事は、そのとき懸命に覚え、自分の記憶に定着させる。その後、消えずに沈殿したものから、自分の新たな思想や創造物が産まれる。

オリジナリティは、その人なりに定着させた記憶と忘却の差し引きから生まれるわけだ。

幸い歳をとっても鍛えれば人間の記憶能力は向上するといわれている。ベースの能力には違いはあるだろうが、自分の脳のチカラを信じて、これからは「覚える」ことにこだわってみたい。

自粛生活における心の変化

新型コロナウィルスによる自粛生活。個人的には通っていたスポーツジムに行くのをやめた4月中旬からが本格的な自粛期間だったといえる。

自分の感じたことをざっくり時系列でまとめると、最初の2週間ぐらいは仕事は最低限にし、家族とこれからどのように自粛期間を過ごすか知恵を絞りながら、三度の食事を作ることや巣篭もり生活に向けた計画を立てて過ごした。

その時期はまだ生活の変化でテンションが高かったように思う。運動も意識的にしなければ、とマンションの階段を登り下りしたり、Youtubeで筋トレ動画を見て家でやったり、息子をけしかけて朝からラジオ体操をするなど、前向きに体を動かすようにしていた。

Zoomを使ってせっせとイベントを開催する人や、オンラインで活動する様子をSNSで発信する人たちの投稿を見るたびになぜかテンションが下がり(下がり、です。上がり、ではなく)、オフラインでの日々を慈しむように引き篭もった。時間的なゆとりもできたし、読書や学びの量を普段より増やし、これまでやろうと思ってもできなかったことにトライしようと目論んだ。

ゴールデンウィークが始まったあたりからは、顧客とのオンラインコミュニケーションが通常モードになり、それなりに打ち合わせも普通にこなすようになった。お客さんの方がようやくオンラインにシフトできたので、足並みが揃ってきた。一方で当初、満喫できると思っていた自分の時間がそれほどなく、思ったほど本も読めず、1人の時間がないことに気付き始めた。

自粛という非日常が日常になるにつれ、自分のなかで「何かせねば」という特別な気持ちが急速になくなり、エネルギーレベルがどんどん下がっていくのを感じた。そして運動量は減り、酒量は上がり、精神的なムラが増え、鬱的な期間に突入した。自己研鑽しようと企てていたことも思ったほどはかどらず、それがまた鬱を増長させた。

ゴールデンウィークが明けても自粛要請は解除されず、家族以外はほとんど誰とも会わない日々が続いた。このあたりが最も鬱々としていたように思う。

時間が十分にあるようで、実際は全然ない。休校中の息子やフルリモートワークになった同居人の世話をしたり、五月雨にやってくる仕事のメール、チャット、人からの相談などに対応するだけで、気づけば夕方になっている。夜の食事とアルコールが大きな楽しみだが、運動不足のため空腹にならないないせいでビールも料理もそれほどおいしくない。けれども惰性で食べて飲むので体重は増える。

この憂鬱はなんなんだ?少し考えてみた。

そこでわかったのは、自粛生活だから時間ができた、なので普段できない学びや自己研鑽ができ、新しい自分の能力開発へと一気に進める、やった!と思っていたのに、実質は全くできてない、イケてる自分にも変化してない、ということがフラストレーションになり、自分を知らぬ間に追い詰めていたようだ。

巣篭もり生活だからといって、自分の時間が一気に増えたわけではなかったのだ。

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2014年に購入した中古マンションをリノベーション。現在は仕事場に使っている。

さらに落ち込みながら考えた。変化のなかでどうすれば自分が幸せでいられるかを。結果、たどり着いたのは「理想を追い求めず、今を生きる」ということ。シンプルすぎる。面白くない。けど、真理だった。さらに「こんなはずじゃなかった、という思いを捨てる」「どう行動するかは全て自分の主体的意思で決める」などなど。

結局、コロナだろうが通常モードだろうが、やるべきことをやり、日常を積み重ねていくしかないのだ。自分への不満足のソリューションを、今と異なることをしたり、他の居場所に求めたり、新しい人間関係に求めても仕方がない。

そんな風に心持ちを変えたとたん、積極的にオンラインセミナーへの参加や、Zoomでの交流の誘いにも乗るようになった。閉じていた自分が、より自分らしさに目覚めたことでオープンになった感じ。

これまでも意思に忠実な生き方を実践してきたつもりだったけれど、まだまだ常識や周囲の声に動かされていたのだと思う。細い川の流れをさえぎっていた幾つかの大きな石が、コロナという濁流によって押し流れていき、結果、水の流れが一気に良くなったような心地よさを感じる。

今は気持ちも落ち着き、お気に入りの仕事場で、今やるべきことに専念しながら、アフターコロナの働き方、生き方について思いを巡らせている。それも他者視点ではない自分らしい観点と行動様式のもとで。

今日はしっとりとした曇りで、窓からの光は柔らかく心地よい。午後からも穏やかに過ごせそうだ。

 

あとがき:ひとつ前のエントリーを読み返したところ、自分の内側の気持ちに忠実に書いていない気がしたので、あらためてコロナによる自粛生活について現時点での振り返りを書いた次第です。