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父とパイプと万年筆

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 1996年だったかに心斎橋のリチャードという輸入雑貨店で一目惚れして買ったポーランドの陶器。ずっと大切に使っている。
 ”舶来もの”(古い表現...)に弱くて、今も輸入品を扱う店を見つけると、吸い込まれてあれこれ見入ってしまう。たぶん欧米かぶれだった父の影響だ。
 昭和10年生まれの父は、パイプと万年筆と文房具に夢中だった。堺にある鉄工会社のエンジニアで、「機械をつくる機械をつくる機械をつくる仕事」(小学生の私がたずねるといつもそう言っていた)をしていた。
 夕方に会社から帰ると、父はサイドボードに並べた何本ものパイプのなかからその日の一本を取り出して丹念に磨き、食後にゆったりとくゆらせていた。
 パイプはまっすぐのものから柔らかく曲がったもの、長い長いものまで色々とあった。つるつるとした木肌の模様も一本ずつ異なっていた。同じ木なのに材質によってこんなにも違いがあるのかと子供ながらに驚きだった。紙巻き煙草よりも甘くて柔らかいパイプ煙草の香りは、チョコレートケーキが焼けるときの匂いみたいで大好きだった。
 父は両切りの缶ピースもよく吸っていた。壁が黄ばむほどのヘビースモーカーで母は嫌がっていたけれど、私は父がリラックスした様子でぷかーっと吸う姿と、空中に漂う煙を見るのが好きだった。だから今でも煙草を吸う男性を眺めるのが好きだし、煙も気にならない。
 エンジニアだった父は、文房具にも凝っていた。製図用のスケールやコンパス、ペンなどの多くはドイツ製で、ピシッと固いビニールケースやプラスチックケースに入った質実剛健な道具たちは、書斎にデンと置かれた祖父から受け継いだ木の製図台の中に整然と収まっていた。読めないドイツ語で書かれたロゴマークや注意書きが記された道具たちを眺めているだけで、異国の雰囲気を味わうことができた。
 万年筆は、モンブラン、パーカーなどを愛用していた。インクが切れると紺色のインク壷とスポイトを手に、神妙にインクを補充していた。父の字は頑固一徹な性格そのまま、すべての字が四角くて、カチカチしていて、等間隔だった。太い紺色の字は万年筆ならではの濃淡があって、パイプの姿、香りと同じで味わいがあった。
 私も一点ものの台所道具や手作りの陶器が好きだ。職人気質が感じられるもの、味わいのあるもの、ひとつひとつ違うもの。生き物のように個性を持つ道具たちの独特のフォルムに魅せられている。それらを手にするとき、かつて道具を愛撫していた父の姿と自分が重なるのを感じる。血は争えない。
 そんな父も癌を患って以来、パイプも紙巻き煙草もやめてしまった。定年退職してからは文房具を集めることもなくなった。今は、農作業と蕎麦打ちが趣味で健康的な日々を送っている。でも今でもサイドボードには、厳選され時おり磨きがかけられる艶々のパイプが鎮座し、製図台の中には文房具たちが整列している。
 私も気付けば沢山のものを集めてしまった。塗りの弁当箱、竹籠、ナイフ、土鍋、茶碗、カトラリー...。そろそろ取捨選択をして、本当に残しておきたいものだけを選ぶ作業をしないといけない。今がその時期なのではないか。
 ポーランドの田舎で作られた器で珈琲をすすっていたら、父の昔を思い出した。久しぶりにパイプ煙草の香りを味わいたくなった。