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幸せな自分になるために。自己肯定感や愛され感はどこで手にできる?

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 人はどうすれば不幸から幸せへと移行できるのでしょうか。

 どうすればネガティブ思考からポジティブ思考へと切り替えられるのでしょうか。

 どうすれば、”愛されていない感”を”愛されている感”に変えられるのでしょうか。

 私は、上記の変化は人との関係を実地で重ねていくことからしか実現し得ないと考えています。

 自分の性格や個性や”らしさ”は、自分ひとりの頭の中で考えていても分かるものではありません。また、分かったとしても、それは単に自分の決めつけであって、実際にそうではありません。

 自分というものは、他者との関係性の中で位置決めされ、輪郭付けられるものだと思います。だから、いる場所によって、接する人によっても、自分は変わって当然です。

 子供の頃、私は不幸でした。そのように思い込んでいました。出来の良い姉、わがままな父、父の機嫌ばかりうかがう母のもと、自分は小さな家庭で最も弱者でした。残念ながら、家族の関係性のなかでは、自己肯定感も愛され感もポジティブシンキングも獲得することはできず、そのまま社会に出て、勝手な行動で人の愛を試し、むさぼり、迷惑をかけてきました。

 けれどもそんな自分にも、試行錯誤しながら居場所を見つけることができました。はてなや、今はたらいている京大や、家族や、友人の輪です。共にいる彼らのために何かをしたい、何かをしてもらいたい。喜び、悩み、いろんな感情を分かち合いたい、そんな一心で一緒にいたら、いつのまにか、私は幸せな人間になっていました。

 もちろん悩むことは山ほどあるけれど、以前のような世捨て人的感覚はなくなりました。犠牲にしてしまった場所、私から去って行った人もたくさんいるけれど、今はそれらに対しても感謝の気持ちしかありませんし、あの頃のわがままな自分で申し訳なかった、今からでも間に合えばお詫びをしたい、お礼を伝えたい、そう思っています。

 だから、私は思います。

 人の中に入っていき、何かをして褒められる、感謝される、気にかけてもらう、愛してもらう、そんな経験の繰り返しのなかで、いつしか自己肯定感や愛され感が自分を充たしていく。自分を変えたかったら、人に飛び込んで行くしかないのだと思います。

 インターネット上でも、同じ経験はできるかもしれません。いいね!とか☆とかブックマークとかコメントとか、そういうもので得られる満足もあるでしょう。

 でも、生身の人間との触れ合いによって得られるリアクション、アテンションは全く質感が違います。生身の人がくれる関心と感心は、生きる力になります。

 人との接触、交流、やりとりには勇気がいるし、加減がいるし、失敗もあります。けれど、恐れていても仕方がないし、失敗してもやり直せます。心をこめて謝ったり、心をこめて意見を言えば、きっとそれで終わりになることはありません。

 人が信じられる人間になるには、自分を信じる人間になることです。自分を信じるためには、色んな経験を重ねて、少しずつ行動する力を得ることしかないと思います。

 すぐには、うまくいかないと思います。ひとつの場所だけでは、特定の人とだけでは、うまくいかないと思います。だけど根気よく探していけば、自分が自分らしくふるまえる、と感じられる場所、自分を受け入れてくれる人が必ずいます。

 そんな場所、そんな人に出会えるまで、この現実世界の門をたたき続けてほしい。今、自己肯定感が得られず、不幸な思いを抱いている人がいれば、私なりのささやかな経験談として、これをしたためてみました。