豆まき

 夜、jkondoがくれたホワイトデーのチョコを皆でホジホジと食べていた。イースターエッグを模した形のチョコは、殻を割ると中に沢山の粒チョコが入っていた。チョコで出来た殻を割る行為も愉しいし、中からまたチョコが出てくるのも愉しい。砕いたチョコを囲んで3人でホジホジと食べた。テレビからは、ツールドフランドルという自転車レースの実況が流れている。そういやベルギーはチョコで有名だっけ。

 そんな風にチョコを食べている最中、ふと思い立って「豆まきしよう」と、叫んだ。自分でも分からないけど、絶対に、今日、豆まきをしないといけない、と感じた。

 今年、節分の日に恵方巻きガブリはおろか、豆まきすらしなかった。特に何の理由もなく、事前に実家の母から段ボールで出来た鬼の面と豆も送られていたというのに、なぜか豆まきの儀式は我が家でスルーされていた。そして2月10日に息子が足を骨折した。それからしばらく経って、脳内に「豆まきしなかったからだ」という鬼の声だか神の声だか自分の声だかが聞こえた。でも結局その後も豆をまいていなかった。

 思えば年末から春にかけて、何かと良くないことばかり起きた。師走には、家にやってきた同級生の女の子が息子の閉めたドアに指をはさんで骨折した。1月は夫のインフルエンザや私のアレルギーや息子の風邪など、それぞれが体調不良だった。2月には息子が自転車の後輪に足をからめて全治一か月の骨折。初めて家族で救急車に乗った。さらに一昨日は息子がハサミで小指をざっくりと切って、休日診療所のお世話になった。大きくは以上だが、何かとつまづくことが多く、仕事も後手後手でプレッシャーと焦りとでいつも気が滅入っていた。

 台所の壁に画鋲でとめた鬼のお面は、ことあるごとに私をにらみつけていた。「なんで俺様は弥生三月も終わろうとしているのに、ここに貼付けられているのじゃ」、と文句を言っているようだった。横にぶらさがっている豆の袋もうらめしそうな風情だ。しかしなぜだか私はそれを、見てみぬふりをして過ごしていた。

 今日、ここで豆をまいて、我らに取り憑いた悪霊を追い払わねば。甘いチョコをほおばりながら、立ち上がって台所へ行き鬼の面と豆の袋をつかんだ。鬼の左右の耳の部分に開いた穴に輪ゴムを通し、顔を覆った。自らが鬼と化し、襲いかかるフリをしたら、息子がはしゃぎだし、夫と共に豆を手にして私に向かって投げ始めた。

 家の中に飛び交う白く乾いた豆、豆、豆。容赦なく投げる夫の豆が、背中や腕にパチパチ命中して痛い。庭に飛び出して、インベーダーゲームの的みたいに左右に走った。「鬼は〜そと〜!!」と豆がさらに飛んで来る。ガレージまで走って鬼の面をもぎとって、パフォーマンスを終えた。近所の人はさぞかし奇妙に思ったことだろう。

 リビングで息子が夫と私の年齢の数の豆を数えて、手渡してくれた。4才が数える豆の数は、おそらく数個の誤差があっただろうが、気にせずポリポリ食べた。夫もポリポリ食べた。「しなもんにもあげよう」と私がいうと、息子が今度は正しく15個数えて、しなもんの寝ているところまで持っていった。意外にもしなもんは豆が好きらしく、ポリポリ食べた。

 鬼の役目を終えて、チョコに続いて年の数だけ豆をポリポリ食べて、爽快な気分になった。なんとなくこれから上向きになる予感がする。出せるアクは出し切った、ように思う。勢いに任せて皆が就寝した後も、溜まっていた家のガラクタ整理をして、深夜まで立ち働いた。今も床には踏みつぶしてしまった豆の残骸や皮が残っている。鬼の面は古紙回収袋に葬り去った。明日、庭で燃やすのも一興かもしれない。

 

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