少し肌寒いけどコートは不要。そんな土曜の午後、初めてストールを肩にかけて今出川通りを西へ歩いた。務めている大学の同僚が町家を買ってリノベーションしたというので、見せてもらいにお邪魔した。つい最近まで、冷泉家が今出川通りにあるって知らなかった(恥ずかしながら冷泉通りにあると思っていた)。すぐそばの校舎で学んでいたというのに。それぐらい意識しないと気付かないほどひっそりとした佇まいなのは、すごいことだ。私が鈍感なだけかもしれない。時速60kmで走るクルマが行きかう通りをへだてた塀のすぐ向こうでは、千年前の時の流れに合わせて暮らす人がいる。和歌がうたわれ平安からの折々の行事がその様式のまま遂行されている。複雑な時空と複雑な文化の入り混じりが京都をいまの京都たらしめている。私もその構成要素のひとつとして京都人の真似事をしている。
新町から武者小路通りを西に折れて、しばらく歩くと唐突に武者小路千家が出現して驚いた。すぐそばの路地の入口に同僚の家の表札があった。ここを抜けたらきっと時代が変わるんだ、そしてもう戻れないかもしれない。そんな気分にさせる路地。その先には、大正初期に建てられたという築百年の町家があった。中身は大変な工夫を凝らし現代風に改装が施されていた。町家は織物業を営んでいた家だったそうで、織り上がった布の色味を見るため、自然光を取り入れる天窓がたくさんあった。真四角の窓から差し込む陽光を眺めながら、しばし織物を手に天窓を仰ぐ織り子の姿を想像した。町家でいただいたコラソンのコーヒーが美味だった。パートナーが主宰する劇団の公演に行く約束をしていとまごいをした。
急に寒くなったので、秋冬の必需品であるバスローブを新調した。今治タオルの厚手。って、届いた瞬間あまりの重量と濃い色目がヒグマのようで、「これは間違った」とひるみにひるんだ。ところがどっこい。湯上がりにはおって歯みがきなんかをしていたら、ポカポカと暖かい。それこそ全身を優しいヒグマに抱かれているようで(笑)最高に心地よい。これは良い買い物をした。これから毎晩このヒグマのお世話になる。今治タオルの厚手バスローブ、おすすめです。ヒグマラブ。
ひとつ前のエントリーのブックマーク数が精神的許容範囲を超えたので、あわててこの写真日記を書いているわけだけど(笑)、それを書いたきっかけとなったのが、この水さし。冬場は常温で水を置いておきたいけど、ペットボトルでは味気ない。この問題にいかに対処しようかと思っていた矢先、金曜日に立ち寄った一乗寺の葡萄ハウス家具工房で電撃的に惚れてそのまま持ち帰った。昭和の中ごろに作られた水さしは、ステンレスの蓋に仕掛けがあって、傾けると自然に蓋が半分あいて水が注げるようになっている。デザインもサイズも申し分なかった。漱石の『それから』に忘れられない場面がある。百合の花をたずさえて代助を訪れた三千代が、喉の乾きをいやすために花を生けた焼き物の鉢の水を飲んでしまい、代助が驚く。「『何故あんなものを飲んだんですか』と代助は呆れて聞いた。『だつて毒ぢやないでせう』と三千代は手に持つた洋盃コツプを代助の前へ出して、透かして見せた。」このくだりが好きで、好きで、繰り返し読んだ。映画の『それから』では藤谷美和子が松田優作と演じていた。そのときのシーンも良かった。今でも思い出すと胸がくるしくなる。
花といえば、庭のホトトギスを幾本か切って、大学のオフィスに飾った。
週末の夜は、友人たちとホームパーティ。今回はゆきちゃんの家に招かれた。女同士の会話がこんなに面白くなったのはここ2年のことだ。「私も。女友だちなんてややこしいだけだったわ」とゆきちゃん。今は戦友みたいやね。帰りのクルマで助手席に座ったいづみちゃんが言った。「れいこさんは色んな種類のチップを沢山もってる。今はそれをどんだけベットするか、だけやねん」。これ以上力の出る言葉はないよね。私が出逢ったなかで、最もパワフルな天使、それがあなたです。
遂に私も瓶ビールの魅力が分かる年になったかー。と実感したのがここ数日のこと。生ビール”ぷはー”もいいけど、瓶ビールの美味しさと安定感に目覚めました。呑み屋でカウンター内の人にふるまえるのもいい。この秋冬は、瓶ビールでいこうかな。