東京大学入学式の祝辞を読んで

東京大学の入学式に寄せた上野千鶴子さんによる祝辞は、祝辞とは思えない内容だった。

平成31年度東京大学学部入学式 祝辞 | 東京大学

話は変わって、今日、高熱の息子を看病しながら、先週、Amazonマーケットプレイスで買った『「No」と言える日本』(石原慎太郎、盛田昭夫/1989年出版)を読んだ。

当時、この本を手にした人が、30年後の東大入学式でこのような祝辞が寄せられるとは想像しなかっただろう。

本の中で、石原氏は当時世界一だった日本の半導体分野での隆盛に触れて、日本は国際舞台でもっと自分たちのポテンシャルを自覚し強くあらねばならない、と主張していた。そしてその後、半導体分野はアメリカや韓国に抜かれて衰退した。

平成は経済において敗北の時代だったという人もいる。

もちろん30年前の価値観や当時設定した目標からすれば敗北なのかもしれないが、あくまで過去のNo.1を栄光だと思いながら生きる人たちの考えであり、今の若者からすれば「知ったこっちゃない」ことだ。

本を読んだ後に、冒頭の祝辞が話題になっているのを知って読んだのだが、本の読後感と入り混じって妙な気分になった。

医大の不正合格問題も、日本企業の働きにくい職場環境も、生きにくいと言われる社会も、入学式で席に座った若者たちに責任はなく、これまでに社会を作り上げてきた人たちによるものだ。

厳しい祝辞の内容は、18歳の若者たちだけが受け取るべきではなく、このような社会を作った、構造を作った大人たちこそが真摯に受け止めなければならないものだ。

上野さんは、祝辞というカードを使って、次代を担う東大生たちに投げかけたのだろう。大人の作った当たり前に乗っかるのではなく、大人の作ったシステムの矛盾を突いて、公正な目で、正しい社会のあり方をあなたたちが作って欲しい、と。

いま、Noと言わなければならない対象は、アメリカではなく、日本社会が作り上げた歪んだ価値観と多くの古いシステムだ。

この文章を読んだ私自身も若くはないけれど、社会の一員である以上、自分の持ち場で、持ち分で、古い価値観を壊し、次世代の人たちが少しでも生きやすいと思える社会を作っていきたい。

日本はいま、傷つきながら前進しているのだ。

春に思う。

2018-2019冬はあんまり寒くなかった気がするけど、やっぱりこの季節になると暖かいっていいな、体も心もゆるんで動きやすくなる。

そういや2019年って、もう4月に入ったんだ。早すぎる。

どんどん月日が経っていく。そして思い描いていることを実行しないまま過ぎていく。

このまま死んだら私は後悔するんだろうなと思う。だから今、やるべきことをやらないといけない。

昨年、アメリカの二人と会社を立ち上げて、アレヨアレヨという間にビジネスの現場で色んなことにチャレンジして、今、ちょっとスピードを落としてほっと一息ついている(一息ついてる余裕ないだろ、と思うけど)。

8ヶ月経過して分かったことは、まだまだ地方というか東京以外で会社を立ち上げるプレーヤー、特にデジタル方面で新規事業を手掛けたい、という人が少ないんだな、ということ。

おかげで私たちは多くの支援機関からサポートの声をかけてもらい、多くのイベントに呼ばれ、地元の京都信用金庫が主催した大きなアワードで優秀賞までもらった。

しかし私の中では、まだまだあかん、こんなことでは死ぬときにやりたいことを達成したと満足して死ねないと思う気持ちが募るばかり。まあ確かにまだ設立8ヶ月なので達成していたらおかしいわけだけど。

スランプ。

壁。

そんなものを感じている。理由は、仕事の現場に立てば立つほど自分の学歴や職歴がしょぼ過ぎて、他のすごい人たちへのコンプレックスを感じてしまうこと。

組織にいなかったので、仕事相手の組織人の人たちの文化やセオリーを理解するのが難しいこと。

女性だからといってチヤホヤされるけど、それって女性だからやん、と思って、抵抗するよりは女性らしく振る舞いがちなこと。

などなど。

けれども、悩みながらも仕事の機会は私に降りかかってくる。動かなければ何も進まない。それが小さな会社に身を置く大変さでもあるし、自分を動かす環境の強みでもある。なので、今日もこれからアメリカメンバーとの打ち合わせを控えているので、気だるい気持ちを奮い立たせてGoogle Meet を起動した。

今、私たちが取り組んでいるのは、ふた通りのことがあって、一つは直近の会社の運転資金を獲得するためのデジタルマーケティングのコンサル事業。いくつかの会社さんの広報やマーケティングプロモーションのお手伝いをしている。アメリカの二人のGoogle広告の運用と分析力のおかげでコンサル先の企業のマーケ効果は上々である。

私の方は、広報ブランディングのサポートを主に担当し、顧客の広報担当者さんに助言をおこなったり、時に自らコンテンツを作ってお手伝いしている。この仕事をするようになって、ウェブの空気を読んで企業広報するスキルの重要性と、ノウハウを提供することで喜ばれることを知った。

もう一つ、これから本格的に手を動かして形にしたい事業がある。それが私たちのチャレンジでもあり、わざわざ会社を作ってまで取り組みたいことなんだけど、かなりハードルが高く、いばらの道だ。

しかし、理由をつけて「できない」というのは本当に簡単で、ここで諦めたらあかんと自分を鼓舞して、アレヤコレヤ試行錯誤している。

しかし机上で考えていても全く進まない。もっと外に出て人に会って、教えを乞うて、その中でアイデアを形にしていかないといけない。

そう、今の私を憂鬱にしているのはこのことであり、自分を鼓舞するのも、このことなのだ。

もう引き返せないし、引き返したくない。自分を引き受けるのは自分しかいないし、流れに身を任せて進んでいきたい。

しんどいことについ身を投げ出してしまうのが自分。だからこそ、自分らしいとも言える。

そうそう、それから、私は今まで他人の目ばかり気にして生きていた。自分に余裕がなくなってきたこの頃、それではもはや自分自身が破綻するのではと思うようになった(今さら)。

なのでこれからはできるだけ本音を言って本心からの行動で生きていこうと思っている。このブログが一歩め。ちょっとこれまでとトーンが違うのが伝わるかな〜。

春なので、動き出したい。動き出そう。

イマここ。

生きづらさを幸せに変える3つのお話

自分の生きづらさはどこから来るのだろう?ということを常に考えてきました。

人を好きになっても愛情は最初がピークでどんどん冷めていく。

仕事や趣味の世界にいても、どこか違和感を感じて楽しめない。

5回以上の転職、2回の結婚と離婚、10回以上の引っ越しを経験してきました。

そして今ですが、「ああ、人付き合いって、育児って楽しい!仕事って面白い!」と思えるようになりました。今のパートナーとは一緒に過ごして5年目となり、ますます穏やかな愛情を育んでいます。

なぜ私はそんな風に変化したのでしょうか?生きづらさが幸せに変わったのはなぜでしょうか?

... 昨日はなんでもない一日だったのですが、上記の答えに触れる情報との出会いがSNSとリアルでありました。

まずR25に出ていたこの記事。幸せに関連する脳内物質4つについて先生が開設した分かりやすいインタビュー記事です。

r25.jp

報酬を得たときに出てくるドーパミン、快楽による刺激で出るアドレナリン、穏やかな交流などから出るオキシトシン、日光に当たると出るセロトニン。 ああ、私はこれまでドーパミンとアドレナリンをむさぼって生きてきたんだなあ、と。

だから人を好きになってもすぐに冷めて、仕事で頑張っても気づけば息切れし、新しい出会いとワクワクを求めてさまよっていたのだ、と。

それが今では、落ち着いた心でじっくりと取り組むことに魅力を感じ、共に過ごすパートナーとは優しい感情を与え合うことができ、「ああ、もう一生この人と離れることはないだろうなあ」と感じ、健康的に暮らすことが大きな関心ごとになり、早寝早起きを実践しています。

そう、自分の中でドーパミンとアドレナリンよりもオキシトシンとセロトニンが勝利をおさめたようなんですね。なんでだろう?加齢かな?

もちろん脳内物質だけで人の幸福感が左右されるわけではないですが、脳で起こる現象について知ることで、幸福感についてある程度は解釈できるんだということが分かり、面白かったです。

 

ふたつ目は、ライフネット生命を創業し現在はAPUの学長をされている出口さんの講演録。

logmi.jp

日本の課題というテーマですが、働き方、生き方について様々なデータを引っ張り出しながら、軽やかに現代日本の仕事環境への疑問を取り上げ、働きすぎないこと、学ぶこと、個として生きる重要性について語っておられます。

印象に残った一説。

脳みそは体重の2パーセントもないですが、使われるエネルギーは2割を超えているので、めちゃ高性能のエンジンなので、注意力が持つのは2時間が限界です。だから、頭を使う仕事は2時間 × 3コマとか4コマが限界なんです。証拠はハリウッド映画です。みんな2時間でしょう?

わかりますよね。だから働き方の改革というのは基本的には、これ以上長時間働いてもあかんということがようやく政府にもわかったので長時間労働はやめなあかんと。「メシ・フロ・ネル」ではあかんと。

僕は「人・本・旅」といってますが、早く帰って、いろんな人に会ったり、本読んだり、いろんなところへ出掛けて行って、脳みそに刺激を与えなければアイデアは出やへんでという世界になってきているわけですよね。

おっしゃる通りです!

私も7時間ぶっ通しで働くとか絶対に無理、と思って、育児や家事や趣味をこなしながら働く道を模索したら起業、ということになりました。

これからは個人が自分の強みを生かして、例えば企業に勤めながらでも、自分の価値観を大切にしながら、人生をすり減らさず生きる工夫をしていくべきだと思います。

それには企業の仕組みそのものを企業が変えないといけません。「あいつは趣味や家族を大事にするからダメ」といった評価がまかり通る会社はNOですね。まあ、私もはてなの初期にはモーレツに仕事をする人だけを評価していたので反省を込めて...。

そして一日の終わりに出会ったのが、この本です。

正確には著者のお二人に出会って献本いただいたのですが、上記の二つの記事の総まとめみたいな本でした。 

家族>仕事で生きる。

家族>仕事で生きる。

 

著者名が赤城夫婦というユニークなものですが、お二人は結婚&恋愛コンサルタントとして多くの人に影響を与えているその分野の有名人です。

最近は才能のある人材がウェブを活用してマネタイズするためのコンサルタントとしても非常に高い評価を得ている方達です。

本のタイトルは「仕事よりも家族で生きる」というものですが、中身はそんなシンプルなものではありません。

モーレツに働いて倒れそうになったご主人と、常に挑戦と自己研鑽を繰り返し自我を確立した奥さん、それぞれの出会いまでのエピソードを交えながら、家族を最重要事項にして人生を立て直し、現在の成功と幸福を手に入れた経緯が説得力のある言葉で綴られています。

「気持ちと行動を一致させたら、仕事が生まれた」

「パートナーが転職を発見してくれる」

「仕事はむしろスキマ時間で」

「目標はHave toではなくWant toで決める」

など、一つ一つの見出しが魅力的で、あっという間に読み進めることができ、読後は爽快感に包まれました。

日本には、自分自身をポジティブに語ったり、自分の幸福を前面に打ち出すタイプの人が少ないですが、本来、人間は人と共に生き、成長し、幸せになりたいと思うのが自然。赤城夫婦は、それを家族で体現しているんだなあと実感しました。

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ちなみに昨日は赤城夫婦と元プロサイクリストの福島晋一くんと京都市内でランチを共にしたのでした

終わりに、

「自分らしくあること」「学ぶこと」「人との関わりを大切にすること」を安定した心持ちの中で実践し続ければ、幸せでいられる。そんなシンプルだけど、大切なことを再確認できた一日でした。