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スピーチよりも身の上話で(ブログの話)

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 スケジュールを確認しようとiPhoneを手にしたのが最後、気付いたらはてなブログのアプリを開いて人のブログを読みふけってしまい、当初の目的を思い出すのに30分かかった。読書もしたい。お茶の稽古もしたい。帯結びの練習もしたい。でも人のブログを読むのと自分のブログを書くのがいちばん好き。だから時間が足りない。

 どんなブログが好きかというと、閉じている人のブログが好き。閉じている、というのはあくまで私のイメージだけど、読者の目を気にしつつもあくまで自分の日常と心情を綴っていて、「覗きたければどうぞ」という感じで文章をしたためているブログ。基本は周囲数メートルの人に話す感覚で書いてそうなブログ。「身の上話」「打ち明け話」っぽいブログ。

 一方で、広い世界のたくさんの人に向けて書いているブログがある。それは公衆の前での「スピーチ」だ。反応があって、評価があってなんぼ。スピーチの中には、情報が含まれていて、その情報には受け手にとって何らかのメリットや反応すべき素材が散りばめられている。スピーチ系ブログは開(ひら)いている。「さあどうぞ読んでください。そしてブックマークを、あるいはツイートを、あるいはいいね!を付けてください!」と呼び込んでいる。

 スピーチ系ブログもためになるが、やはり身の上話・打ち明け話系のブログが好きだ。昔、ブログがなかった時代に書かれた「○○日記」の類い。なかなか通ってこない男への恨みつらみを綴った「蜻蛉日記」や、貧乏の極みのなかで詩を書きながら、ろくでもない男にばかり惚れては失恋する林芙美子の「放浪記」など、「え、こんなの読んでいいの」と躊躇するよな極私的文章が好きだ。はっきりいって有益情報も社会的トピックもいらない。読みたいのは書き手その人の内側から滲み出てくる情念の言葉。目に見えない感情が言葉になって画面に表れたなら、それは私にとってとびきりのご馳走であり、名作小説や偉人の言葉と同じくらいの有り難さを感じる。

 ことさらにネガティブでも、ことさらに前向きでもよくない。ただ「私は今こうこうで、こう思っている」というスタンスのブログが好きだ。良い出来事があったらそれについて書いてあり、悪い出来事のときはそれについて書いてあるブログが好きだ。経験によって学んだことや分かったことが書かれているブログも好きだ。私なんて、まだまだ駄目だ。自分の立場が頭の右上にちらついている。人を刺激したい邪心が左上にちらついている。淡々とブログを綴れる度量がほしい。枕元にある日記こそ公開すべきなのかもしれない。