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人間性の崩壊は持つものを妥協したときから始まる

 というと大袈裟かもしれないけれど、この十年ぐらいを振り返って、確信的に感じたこと。身につけるものや使うものを選ぶ時に、どこかで「これは違う」と感じながら手に入れることに慣れると、たとえどんな小さなものでもそれが重なることで後々の暮らしと人生と人間性に影響が及んでいくように思う。

 ものを選ぶ時に「この程度でいいか」と割り切って手に入れる。それはささやかな行為であるけれども、実は、人生をどこかで諦め、妥協し、投げやることにつながっているのではないだろうか。

 自分にとって「違う」ものが身のまわりに増えていく。いつのまにか色々なことにも妥協することに慣れて、暮らしそのものが段々と妥協の産物へとレベルダウンしていく。気づいたら、諦めの人生になっている。そんな危険性が、日常の”もの選び”に含まれている。

 だから、ものであっても、選ぶときは「これだ」といえるものを手にする。その場しのぎで選んでいないか、心のどこかで「まあいいや」と呟いていないか、何度も問うてみる。そして「やっぱりこれだ」と思ったところで手に入れる。たとえ「これだ」と思っても、経済的理由やスペースや用途などの理由で難しければ、潔く手に入れない。

 ものを選ぶ行為は、思った以上に生き方に対する真剣さが問われている。

(・・・なんてことを、考える季節の変わり目です。たいした審美眼も選ぶセンスもないのだけれど、やっぱり買い物だって、人づきあいだって、仕事だって、自分の感覚を大切にしなくては、いけないものね。と、自分を戒めているこの頃なので、こんなエントリーを書きました。)