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週末のきもの、秋のきもの、それから

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 この2日間、早朝の吉田神社詣でに行ってない。「来なくていいので現実で生きなさい」と神様から言われている気がして。実際、生活上でやるべきことはたくさんあって、どんどん片付けていかなくては、と重い腰を上げつつある。やっと。いまここ。

 週末に義妹が結婚するので、東京に行く。そろそろ式で着るきものの準備をしなくては、と衣装ケースから付け下げと袋帯を出した。そうだついでに夏の着物をしまおうと、積み重なっていた阿波しじらや麻の帯を畳にいったん広げて、秋色の綿着物と、9月の単位(ひとえ)と、10月以降のあわせを取り出してケースの上のほうへと移動させた。

 そういえば髪を切ってから、まだ一度もきものを着ていない。衣装ケースからとりどりのきものを取り出しては広げて眺めていたら、心がはやってくるのが分かった。嗚呼、そうだ、私はきものが好きなんだった。しばらくそのことを忘れてしまっていた。いろいろあって、我を失っていたのだ。また着なくては。短髪にきもの、似合うかしらん。

 いつものことだけれど、きものを扱っているときには、いろんな人のことが脳裏をよぎる。その人たちのことを思い浮かべると、幸せな気分になる。きものには害がない。すばらしい趣味だ。私の心のとりでだ。そうだ着なくては。私を取り戻す為に、とまで思った。

 衣装ケースから出した付け下げと袋帯は、生まれて初めて自分で選んで買ったきものだから、手にするとじわじわ思いがわき上がってくる。感慨。ちなみにお店はネットショップのICHIROYAさん。きものをネットで買うあたりが現代的でしょう。そしてICHIROYAさんのオーナーは、はてなブロガーだ。縁を感じてしょうがない。つながってる。

 ところで、いま、新しいことをしたいなあと思っていて。

 それは、青空文庫にあるような古い小説を朗読して、その音源をウェブでひっそりと公開すること。もしも音声で小説を読みたい人がいたら、ダウンロードしてくれるかな。目新しいことではぜんぜんない。ただ私がブログを書くように朗読が好きだから、それを誰かに聴いてもらうのも素敵だなあと思った、ただそれだけ。

 で、録音するときは、きものを着て、畳のうえに祖父の形見の椅子を置いて、小説が書かれた時代とおなじ気分でおなじ環境で読む。それを映像に残してもいいな。いつか孫やひ孫に小説を朗読するおばあちゃんの姿を見てもらいたい。そして漱石や鴎外や梶井基次郎のよさもちょっと分かってもらえると良いな。

 ちなみに朗読する一作目はもう決めてある。まずは機材を整えることからだ。愉しみだ。