シャンパンと赤ワインのグラスがあいて、ディナーがあらかた終わった頃、子ども達のヒソヒソ声が聞こえてきた。
「もうちょっとしたら、まっくらにするんやで」
「スイッチ、あそこやからな」
上京区のゆきちゃんの家。天井と壁に美しい網代(あじろ)を施した和風建築の一軒家。昨日は、新聞記者のなかもてんがゆきちゃんの着物ライフを密着取材したので、その流れで夕食をごちそうになった。
なかもてんが担当する月に一度の連載「キモノの現場」には、色々な形でキモノに関わる人が登場する。キモノビギナーのなかもてんが、不思議のキモノの世界に紛れ込み、そこで見聞きしたものをドキドキしながら書くスタイルがとても良い。
ゆきちゃんへの密着取材は、うまくいったようだ。タスキがけをして掃除をするゆきちゃん、電話をしながらゴマをするゆきちゃん、「きもの学講座」を聴講するゆきちゃん、子どもをお風呂に入れるゆきちゃん、おにぎりを握るゆきちゃんなど、生活の現場で着物を着こなすゆきちゃんの姿を目の当たりにしたなかもてんは、「いや〜すごいわ、これはすごいわ」と何度もつぶやいて、その日の感激を振り返っていた。
夜、ご主人のリノさんが腕によりをかけたニース風サラダや中華風ラタトウィユ、ナムルや餃子スープに舌つづみを打った。ゆきちゃん夫妻の出逢いのエピソードから始まり、新聞業界の話や、日本の早期英語教育の是非などについて語らって、ほろ酔いになったとき、リビングとダイニングの電灯がぜんぶ消えた。そして子どもたちが、ロウソクに灯がともったまんまるいガトーショコラを手に私の前にやってきた。
「Happy Birthday!!」
3日早い誕生日を祝うために、内緒で準備してくれていた。ガトーショコラはリノさんが前日から焼いてくれていたという。「うわあぁ、うわあぁ」と驚きつつ、子どもたちと一緒に6本のロウソクを吹き消した。年の数だけ刺さっていなくて良かった。
「はい、そしてこれはプレゼント」
と、ゆきちゃんがエンジ色の包みを手渡してくれた。リボンをほどくと、ゆきちゃんが手作りした新作の「FUNPAN」だった(何かは画像検索してください)。私の好きなエンジ色に、可愛らしいフリルがふんだんにほどこされていた。こんなユニークで心のこもった、手のかかった贈り物はなかなかもらえない。ありがとうありがとう、と繰り返した。
卵とチョコレートだけで焼き上げたというガトーショコラは、自家製のマンゴーアイスクリームが添えられて、パリのビストロのデザートのようだった。甘酸っぱいマンゴーアイスが舌で溶けると同時に、ほろ苦いガトーショコラがほろほろと口中で崩れた。子どもたちも争い合ってマンゴーアイスをかき込んでいた。美味しい、美味しい。
9時になったので、おいとますることにした。防火の夜回り当番にあたっているというので、リノさんが拍子木(ひょうしぎ)を持って子どもたちを連れて一緒に外に出た。
「ひのようじーん!!ひのようじーん!!」
ありったけの大声で子どもたちが叫ぶ。リノさんの持つ拍子木がカキーンカキーンと路地に響き渡る。髪を切ってむき出しになったうなじに雨あがりの夜風が心地よい。
堀川通りが近付いたので、さよならをした。姿が見えなくなっても、子どもたちの「ひのようじーん」とリノさんのカキーンカキーンが遠くからずっと聞こえていた。つないだ息子の手はとても温かだった。