喪失とその先

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 庭の白百合を一輪切って、息子と自転車で出発した。8月の陽光が二の腕に突き刺さる午前11時半。途中で二度ほど立ち止まって水を飲んで、北白川にあるprinzというカフェにたどりついた。

 1年前、息子と保育園が一緒で仲の良かった女の子がプールで命を落とした。身近に存在をいつも感じていた小さな子が急にいなくなったことが信じられず、呆然となった。女の子のお母さんは大学の研究者で、いつも夕方の迎えはギリギリ。私もギリギリまで仕事をして駆け込むグループだったので、彼女とはビリ争いをする仲だった。お互いに息を切らしながら門までたどりつき、ニヤリと笑い合ったひとときが今も記憶に残っている。

 カフェは集まった人たちでごったがえしていた。身動きがままならないほどの人混みだった。息子は庭に出て木陰で仲間と遊び始めた。用意されたセレモニーが始まった。女の子へのメッセージを多くの人が読み上げた。歌をうたった。トトロのさんぽを歌っていたら、いくらでも涙が流れた。カフェの壁中に女の子の写真が、笑顔が溢れていた。一年。哀しみを癒すにはまだ歳月が足りないのだ。

 同じカフェに、先週、愛犬を亡くした友人が佇んでいた。ひとり息子と老犬と夫婦で暮らす、我が家と似た家庭で、息子より先に保育園を卒園するまでは、頻繁に互いの老犬の様子や介護の大変さについて語り合ったものだ。

 「わんちゃん、亡くなったんだって?」と話しかけると、彼女の目が一気にうるんだ。そこで話しかけるのをやめればよかったのだ。「最期は、どうだったの?」とたずねたら、ボロボロと涙をこぼしながら「...今はまだ話したくないねん」と力ない声で返事をした。ああしまった。私は不用意な質問で彼女を傷つけてしまった。同じ犬を亡くした者同士、共有できることがあると考えたのが間違いだった。彼女には早すぎた。私のほうが、まったくもって回復していたのだ。「ごめんなさい、こんな質問をして」と謝った。彼女は涙をふきながらうんうん、とうなずいた。

 私はしなもんを亡くした傷から超回復的に立ち直っている。亡くした当初は毎日のように夢を見て、毎日のように写真を見ては涙していた。しかしあれからもう一ヶ月以上経過している。然るべき月日が流れたのだろう。

 いや、しかし、私ならば犬の死後、数日以内であっても、あのように友人と話すことを拒否することはないだろう。どちらかというと心の負担なく、話題を提供できただろう。その違いは何なのか。昨夜からずっと考えていたが分からない。薄情なのかもしれない。軽薄なのかもしれない。冷酷なのかもしれない。分からない。

 ともかく、同じ喪失を体験しても、その哀しみの深さも、味わい方も、発露の方法も、何もかも人によって違う。人の感じ方がいかに異なるか、ということを思い知らされる。どうしたら分かり合える?もはや失敗を繰り返し、最大限の想像力を駆使し、所詮他人と諦めず、うまくゆくと幻想を抱きながら、ただ同じ時間だけを共有するしかないのだろうか。

 具体的な感じ方は異なっても、関係を諦めなければ、愛をもって関われば、魂の部分では繋がることができるのかもしれない。死者も生ける人も、届かぬ人も、身近な人も。

 女の子の魂がカフェに戻ってきていたかどうか、見る事も感じる事もなかったけれど、そこには、彼女を大切に想う人たちのこころがあった。たくさんの花があった。言葉があった。涙があった。みんな、最善を尽くしたのだと思う。分かり合えない人間同士でも。花や言葉や涙など、様々な手段を用いて。それが人間なのだから。喪失のその先に希望があると信じて。

 ますます日照りが強くなった午後3時、暑さでふらふらになりながら、家に辿り着いた。庭にはまた新しく百合が花開かせていた。

 今日も何処かへ持って行こう。生ける人たちの為に。