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あゝ、大阪。あゝ、文楽。

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 ダジャレが好きな大阪人。会話にボケとツッコミとオチがないと満足しない大阪人。誰にでも話しかける大阪人。派手な服装の大阪人。えげつない物言いの大阪人。吉本、キタ、ミナミ、通天閣、お好み焼き、環状線、南海電車、大阪しぐれ、やっぱ好きやねん....。

 自分が大阪出身であることに、なるたけ背中を向けて生きてきました。1998年には、生まれ育った大阪をあとにして、京都に移り住みました。以来、帰省以外は大阪に出向く事はほとんどありませんでした。

 それがいま、ここにきて、大阪クローズアップです。自分の奥底に沈み込んでいた大阪という沈殿物が、あるものにかき混ぜられてゆるやかに浮かび上がってきました。浮かび上がってきたそれは、意外にもキラキラしていました。あれ、私、これ嫌いじゃなかったっけ。なんだかワクワクしています。ひょっとして、これが私らしさの源泉だったのかしら?

 ことは「文楽(ぶんらく)」に始まりました。今年のはじめ、縁あって国立文楽劇場の公演チケットを譲り受けて、母と観に行きました。初めてまともに見る人形浄瑠璃は、心かきたてられるエンターテイメントでした。祖母の家でよく耳にした三味線の音色と、太夫による節のある独特の語りに興奮しました。能を観ているときに感じるトランス的な恍惚感とは違って、どちらかというと「生きている」実感に近いリアルな感動をおぼえました。

 勧められて、一昨日にまた観に行きました。こんどはひとりで。夕刻のJRと地下鉄を乗り継いで、「夏祭浪花鑑(なつまつりなにわかがみ)」という演目でした。聞けば江戸の中期に初演され、年末まで大当たりを記録したそうです。江戸時代の庶民が大喜びしたという演目というだけで興味がそそられました。

 喧嘩の咎(とが)で牢に入れられていた堺の魚売り、団七。牢屋を出るために便宜を図ってくれた恩人である玉島兵太夫の息子の磯之丞(いそのじょう)と恋人の琴浦(ことうら)を悪人から守るために、様々なすったもんだを経験し、挙げ句の果て、舅(しゅうと)である義平次に裏切られ、しまいにはその命を殺めてしまう、というストーリー。

 魚売りとはいえ、いわゆるヤクザあがりの侠客(きょうかく)たちとその妻らがキャストで、恩を報いるために派手な喧嘩を繰り返すわ、男同士の契りを結ぶために着物の片袖を破って交換しあったりと、泥臭く人情臭いことこのうえない。

 とりわけ、ラストの父親殺しのシーンでは、団七はいけないと知りつつも義父の挑発にのってしまい、刺しては斬り、刺しては斬り、もはや常軌を逸した状態で絶命へと至らせてしまう。祭囃子と神輿の狂騒に煽られるかのように刀を振り回す団七の姿は、もはや生命力そのもので、清々しさと美しさすら感じさせるものでした。

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 でも私がいちばん印象に残ったのは、別の場面で登場する「お辰(たつ)」という女性。

 お辰は、団七が仲間の契りを交わした徳兵衛の妻。磯之丞をかくまうために、彼を連れて帰ってくれと頼まれていさぎよく引き受けたものの、「お前の顔には色気があるから磯之丞と間違いがあっては徳兵衛に面目が立たない」という理由で依頼を撤回されてしまう。そんな風に頼みを取り消されては気が済まないと、お辰はとっさに火鉢にあった鉄の串を顔に押し付け、みずからの顔を火傷で損なわせてしまいます。

「なんと三婦さん、この顔でも分別の、外といふ色気があらうかな」

「出来た、えらいものぢや。お内儀、磯之丞の事を頼みますぞや」。

 あゝ、私には無理。自分の顔を焼くなんて。女を捨ててまで義理を貫くなんて、絶対に無理。無理無理無理。ましてや、まだ自分に「色気」が残っている時期に、わざわざそれを捨てる行為を働く勇気も意志の強さもない。お辰さんの恰好良さと意地っ張りが眩しすぎて、へなへなと座席に崩れ落ちそうになった場面でありました。

 文楽は、情と情のぶつかりあいそのもののエンターテイメント。男と男、男と女、女と女。切った張ったも修羅場も破滅も、人形遣いを通して観れば、不思議とそこには爽快感と生命感が満ちあふれている。夏祭浪花鑑が江戸時代の人たちを夢中にさせた理由が分かりました。人情の街、大阪を舞台にした文楽が、私を高揚させた理由も。

 幕引後、タクシーにとびのって、ミナミからキタへと走らせ、大阪駅へ向かいました。窓越しに見える、いかにもガラの悪い松屋町の路地裏も、頭上にオレンジの灯が連なる阪神高速も、ネオンきらめく水路も、中之島公会堂も、どれもなぜか私に優しい風景のように感じられて、とてつもなく自分のホームに戻ってきた気持になったのでした。あんなに嫌悪感を抱いていた、あんなに遠ざけていた大阪だったのに。えらいこっちゃ、と戸惑いながら、祭りの興奮を着物のたもとに温めながら、新快速に飛び乗って京都駅へと急いだのでした。