読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

2012年のはじまりに思うこと

f:id:reikon:20111230142522j:image:w220:right
新しい年があけました。
手のかかる3才児にほんろうされながらも、ゆったりとしたお正月を過ごしています。
そのおかげで、子どもの相手をしたり家族と語らう合間に、そっと自分の内側をみつめる作業にふけっています。
昨年のことをふりかえったり、今年のことに思いを傾けたり...。まだクリアではありませんが、少しずつ自分のことを見つめる自分のレンズの焦点が合い始めていることを感じます。

2008年夏に子どもが生まれてから3年。
今までは、自分をみつめる余裕はかけらもありませんでした。
あれほど待ち望んでいた子どもの誕生でした。
けれども育児の日々を重ねるにつれ、自分のなかで「失ったもの」の方が大きく感じられるようになりました。それを必死で取り戻そうともがく日々が始まりました。
子どもを生後4ヶ月で託児所に預け、はてなに復帰しました。かろうじて空いていた総務部のポストにつきましたが、会社はどんどん組織化されていき、「社長の妻」兼「アルバイト」という特殊な立場では、どんどん仕事がしづらくなっていきました。
あるときには「この人は社長夫人だから、会社でいちばんパワーを持っているんだ」と新入社員に紹介されたり、あるときには「アルバイトだから何の権利もないくせに」といわんばかりの態度をとられることもありました。
総務部で行き詰まったあとは、ものを書くことと、対外的なつながりを生かそうと、マーケティング部に異動し、PR職につきました。
仕事自体は自分に合うものでしたが、朝8時半に息子を保育園に送り届け、家事を片付けて10時に出社し、夕方のお迎えの時間まで働く日々は、あまりにハードでした。
社内でも、やはり「社長の奥さん」という見方で接する人たちの目と、自分の「普通に仕事をがんばりたい」という熱意が微妙にすれ違い、がんばってもがんばっても、空振りをしているような無力感に襲われました。
実際、能力が足りなかったのだと思います。
社内でもがけばもがくほど、自分のことも周囲のことも見えなくなりました。今では恥ずかしいようなふるまいをスタッフに対してしてしまったこともありました。
そんななか、会社はどんどん組織化が進み、私の知らないあいだに社員が増え、知らないあいだに退職し、懇意だった古いスタッフもほとんどが姿を消しました。
ある日ふと、「もう、もがくのはやめよう」と思いました。そして、仕事を大幅に減らして、在宅で最低限のお手伝いをすることを決めました。
そのときに書いたのが、このエントリーです。

少し離れたところから/変化するはてな - tapestry

それが1年半前のことでした。

その後も週に一度は出社し、スタッフとコミュニケーションを取りながらも、私の軸足は確実に「家」と「家族」になりました。
けれどもそれは、自分の思い通りにならない息子との関係や、圧倒的に増えた自分の時間に、戸惑う日々の始まりでもありました。
年があけて2011年。ひとりで家にいた3月11日に、東北大震災が起こりました。
西日の当たるリビングルームで、たったひとりで、衝撃的な津波の映像をまのあたりにしました。恐怖で体が震えました。
それでも京都での暮らしは何ひとつ変わらず。何もアクションが起こせないなか、地震とは別の理由で大切な知人が亡くなりました。人の命や今いる世の無常を痛切に感じ、はかりしれない虚無感におそわれました。
悶々とする日々が続くなか、子どもからは自分の貴重な時間を、人生を奪われているような焦りを感じ、ゆるやかな鬱状態がずっと続いていました。
夏にはまたひとり別の知人が、苦しい闘病生活の末に亡くなりました。20代の頃に教えを乞うた師匠でした。また失ってしまいました。
夫ははてなをはじめとする様々な活動に走り続けている。被災地支援のボランティアに精を出すお母さん友だちやプロフェッショナルな仕事で活躍する友人も多数いる。そんななか、私は何もできない、何も残されていない、奪われてばかり。
先の見えないトンネルにはまりこんだような日々が続きました。

結局、自分で自分の環境や能力に限界線を引いていたのだと思います。
失ったものを数える作業しかしていなかったのだと思います。
何も失ったものなどないというのに。

少しだけ、自分のなかで変化が出始めたのは、12月も中旬になってからでした。
特に何かきっかけがあったというわけではありません。でも、おそらく悩みや憂鬱が底を打ったのでしょう。それなりに苦しみ、もぐったおかげで、ふっきれた、とのかもしれません。
それから、夫から薦められた「7つの習慣」という本を読み始めたことも、良い影響があったようです。ビジネスマンを中心に読まれている、いわゆる自己啓発書ですが、自分のものの見方を変えるにはもってこいの示唆に富んだ内容でした。この本は今でも手元に置いて、感じたことをノートにかきとめながら読み続けています。
苦しんだ末、ゆきついた考え方というのは、
「今の自分を肯定するのも否定するのも自分次第」
「失ったと思っているけれど、ただ変化した状況に自分が向き合っていないだけ」
「人は今までの自分とまったく違う人間にはなれない」
「今までの積み重ねを生かして、今の自分をせいいっぱい生きるだけ」
「周囲がひどい仕打ちをしたとしても(そう感じても)、どう対応するかは自分次第」
というものでした。

これらのことは、ふつうの人なら自然に理解し、行動に反映させられるものだと思います。
けれども私はひどい被害者意識とネガティブなものの見方にとらわれていて、自分を縛り続けていました。
苦しんだ末、小さな光を見いだせた今、少しだけ気持ちが楽になりました。
子ども、家族、友人に対しても、ちがう接し方ができそうです。
今の自分を信じて、これまでの自分の積み重ねを生かして、変化に向き合いながら、ハッピーに生きる。

今朝、TwitterFacebookに書いた、今年の抱負。

・・・
今年は家族や身近な人との関わりをを大切にしながら、自分のやれる範囲で社会にアプローチしていきたいです。具体的には愛するはてな、とりわけはてなブログをたくさんの人に使ってもらえる取り組みがしたい。個人的にはギターと唄を頑張りたい!今年もよろしくお願いします。
・・・

これが、私が苦しみ抜いた結果、出した結論です。
なんともかんたんすぎるものですが、これだけのことが書けただけでも、気持ちがずいぶんと軽やかです。
小さな存在である自分が、2012年にできるだけのことをやって、少しでも何かの誰かの社会の家族の役に立てたら。それから、大好きな音楽でもっと自分を表現できるようになれたら、いいなあと思っています。そして何より、夫と子どもとしなもんをはじめとする身近な人と、幸せな関係を継続&再構築できたら、最高です。
今年は、そんな思いを、このはてなブログに綴りながら、はてなブログの良さを多くの人に伝える取り組みもがんばりたいです。
井戸を掘るようにもぐって考え、さらに自分の思いをふるいにかけた結果、たどりついた結果です。
今年もよろしくお願いします。